投稿者: 吉田寮自治会

  • 2017年12月22日: 学生担当理事・副学長への質問状

    川添信介 学生担当理事・副学長 殿

    質問状

    2017 年 12 月 19 日、『吉田寮生の安全確保についての基本方針』(以下、「基本方針」) 並びにそれの策定・実施についての告知が京都大学公式サイト上で出された。あわせて、 これに関する通知が寮生個人宛にメールで送られた。 今回出された「基本方針」は、生活に重大な影響を受ける当事者との間に話し合いがな いまま出されたものであり、かつ内容もこれまでの議論を踏まえていない点、説明が不十 分な点がある。このような問題のある決定は、当事者の意向を無視した形で進めてよいも のであるとは決していえない。したがって、大学当局には少なくとも、寮自治会と寮関係 当事者に真摯に説明を行い、可能な限り当事者の疑問に応える義務がある。 寮自治会は 12 月 20 日に、教育推進学生支援部厚生課窓口を訪問し、これらの決定に責 任のある立場から説明するよう求めた。対応した教育推進学生支援部長の田頭吉一氏は寮 自治会からの質問に対しその場ですべてを責任もって回答することはできないとし、これ を川添副学長に引きつぐと約束した。内容については田頭氏本人がメモを取り、それを川 添理事に伝えることを約束した。大まかな内容については 20 日に電話で川添副学長にも伝 えられたはずである。

    下記 1~4 の質問は、田頭氏が川添副学長からの回答を取りつけると約束した質問を整理 したものである。それぞれ質問について丁寧かつ詳細な回答を求める。また、回答におい ては以下の点を守られたい。 ・質問への回答はできるものから速やかに行い、遅くとも 2017 年 12 月中にはすべての質 問に対して回答をすること。

    ・万が一 12 月中に応えられない質問がある場合は当該質問ごとに回答を出せない理由を示 すこと。 ・本質問状とその回答についての大学当局と吉田寮自治会のやり取りを、大学当局は公式 サイトに掲載するなどして公開をしないこと。

    1. これまでの経緯を無視していることに関して 「基本方針」にはこれまで吉田寮自治会と大学当局が話し合いによって積み上げてきた 議論・約束をないがしろにしている箇所が多く見受けられる。歴史的事実を歪曲・捨象し ているのはなぜか。

    1.1. 「吉田寮生の安全確保についての基本方針」における歴史的経緯の記述について

    「基本方針」の 1 段落目から 4 段落目に事実誤認がある点を認識しているか。たとえば、 2 段落目には「平成元年までの間、寮生の安全確保を実現しようと吉田寮生との話し合い に努めたが、吉田寮現棟の建物の本格的な改善整備は果たされないまま、老朽化が進んだ」とあり、自然現象のように老朽化が進んだように書かれている。しかし、これは事実 の正確な記述とはいえない。大学当局と吉田寮自治会との間でこれまで行われてきた話し 合いのなかで、大学当局が補修に難色を示してきたという事実に触れていないのはなぜか。 実際、補修案については、2005 年に大規模補修に向け、耐震調査及び設計を終えたにもか かわらず、翌 2006 年に当局の予算の都合で計画が頓挫している。さらに、赤松副学長は 2012 年、吉田寮自治会との話し合いにおいて、現棟の補修の有効性を認め、現棟の価値を 損なわない形の補修の実現に向けて協議を進めていくことに合意した。2014 年には寮自治 会が法的条件を満たす補修案を提示し、翌 2015 年、杉万副学長は補修案に同意した。この ように積み重ねてきた議論を、2015 年に就任した川添副学長が反故にしているにもかかわ らず、その事実を捨象しているのにはどのような理由があるのか。

    1.2. 入寮募集について

    「基本方針」では、2018 年 1 月以降は、誰も吉田寮に入寮することはできないとされて おり、これは 2018 年 4 月以降入学する学生が入寮できないということを意味する。また、「基本方針」では「正規学生」には代替宿舎を用意するとしているが、新たに入学する学 生はこうした保障から排除されている。これは、様々な立場の人に入寮を認めてきた吉田 寮の入寮選考権を侵害しているのみならず、経済的に不安を抱える人に京大で学ぶことを 断念させることにもつながりうる。どのような理由から、このような決定を下したのか。

    1.3. 正規学生/非正規学生を区別していることについて

    「基本方針」では京大に 2018 年 4 月の時点で「正規学生の学籍を有する吉田寮生」につ いてのみ、代替宿舎を用意するとしている。このように、学籍の性質による区別を設けた のはどのような理由からか。これまで、寮自治会との話し合いのなかで、このような区別 を設けてこなかったにもかかわらず、そうした歴史を無視して新たな区別を設け「非正規 学生」を住居保障の対象から排除するのはなぜか。

    1.4. 吉田寮自治会が出した補修案について

    上述したように、吉田寮自治会は大学当局に対してこれまで補修案を出してきたにもかかわらず「基本方針」ではそれについての言及がない。これは大学当局はいったん合意した補修案を取り下げるということを意味するのか。仮に取り下げるということであればそれはなぜか。

    2. 通知の決定プロセスについて 「基本方針」は 2017 年 12 月 19 日開催の部局長会議において協議の上、同日開催の役員 会において決定されたとのことであるが、決定に至るまでの経緯・過程をより詳細に開示 せよ。当該文書の原案の作成に関わったのは誰、どこの部署か。また、当該文書に書かれ ている方針の方向性を大まかに決めたのは、いつ、どのような会議体においてか。その会 議体の構成員も明らかにせよ。

    3. 2018 年 9 月を期限とする退去の要求について 「基本方針」では 2018 年 9 月末日までに、現在吉田寮(現棟と新棟の両方)に居住して いる者は退舎しなければならないとしている。さらに寮生に送られた通知では、「退舎期 限」以降に吉田寮に居続けることは不法占有となると述べられている。このような決定を 下したのはなぜか。

    3.1. 2018 年 9 月(一部 3 月)を退舎期限としている理由について

    「基本方針」では 2018 年 9 月末(2018 年 4 月時点で「正規学生」の学籍を有しない学生 は 3 月末)が「退舎期限」に定められているが、どういう理由から 9 月末(3 月末)を期 限に設定したのか。10 月以降に現在の建築物をどうするかは検討中とのことであるが、ど のようなプロセスで、どのような案の検討を進めているのか。

    3.2. 「不法占有」とは

    「退舎期限」以降、吉田寮に居続けると「不法占有」になるとされているが、これはどのような法的根拠があるのか。「不法」とは、どういった法律を根拠にしたもので、どういった事態を指すのか。また、どのような状態が「占有」にあたるというのか。仮に「不法占有」をしていると大学当局がみなした場合、裁判に持ち込むことも考えているのか。

    4. 代替宿舎について 「基本方針」では 2018 年 4 月の時点で「正規学生」の学籍を有する寮生に限り代替宿舎 を用意するとしている。

    4.1. 「非正規学生」ほかに代替宿舎を用意しない理由について

    「基本方針」を読むかぎり、「非正規学生」及び標準修業年限を超過している学生については代替宿舎などの住居保障は行われないこととなっている。これはどのような理由からか。

    4.2. 代替宿舎の予算の裏づけについて 代替宿舎について予算の裏づけはあるのか。流動的な部分も含めてできるだけすみやかに報告せよ。

    4.3. 代替宿舎の光熱水費について 「基本方針」によれば、代替宿舎での光熱水費は使用者の自己負担とされている。これまでの寮自治会との話し合いを無視して、全額自己負担を求めるのはなぜか。

  • 2017年12月20日:「吉田寮生の安全確保についての基本方針」に対しての抗議声明

    吉田寮自治会

    2017年12月20日

    2017年12月19日に京都大学ホームページ上で発表された『吉田寮生の安全確保についての基本方針』(以下、「基本方針」)という題の文書について、吉田寮自治会としての見解を以下に述べる。

    1.「基本方針」の策定は一方的であり、当事者との合意形成を無視している。

    2.吉田寮自治会の入退寮者決定権を侵害している。

    3.「基本方針」には多数の事実誤認が散見される。特に寮自治会と大学当局がこれまで現棟の補修について議論を積み重ねてきたことを無視している。

    1、「基本方針」は吉田寮寮生に2018年9月までの退去を勧告するなど、寮生の生活や寮の運営に直結する重大な問題です。にも関わらず当事者である吉田寮自治会は、その策定プロセスから完全に排除されています。

    従来、吉田寮自治会と大学当局は団体交渉という場で寮に関係する問題の解決をはかってきました。「吉田寮の運営について一方的に決定せず、自治会と話し合い合意のもとに決する」ことは、吉田寮自治会と京都大学当局との「確約(※ 1)」の第1項目により保証されています。今回の京都大学当局の通告は、当事者である自治会・寮生との一切の合意形成プロセスを経ずに、一方的に通達されたものであり、決して許容することは出来ません。

    2、吉田寮の入退寮者決定権は歴史的に吉田寮自治会が担ってきました。寮生という当事者自らが入寮選考を行うのは、大学の審査にみられる実態に沿わない画一的な基準に基づく選別や排除を避けて、より入寮希望者の個別の事情に配慮した柔軟な選考が出来るからです。また 大学当局が入退寮選考権を持つと、大学当局から不当な圧力を受けた者は寮に住めなくなる可能性が高まります。

    「基本方針」において当局は「現在まで5回にわたって入寮募集の停止を要請した」と言います。しかし実際には、その度に寮自治会はこの「要請」に対して返答し、募集停止措置は福利厚生の縮小であること、根本の問題である吉田寮の老朽化対策(大規模補修)の議論を進めるべきことなどを説明した上で、入寮選考を継続してきました。これらの説明に対して大学当局が納得のいく応答をしていません。

    2015年に「要請」を行った際、大学当局は「募集停止はあくまで”要請”にすぎないので確約には違反しない」との見解を示しましたが、今回は「吉田寮への新規入寮は認めない」とあり、まるで寮自治会の入寮選考権を度外視して、募集停止を「決定」しているように読み取れます。そうであるならば、寮自治会として決して認めることはできません。

    3、「基本方針」においては、これまで寮自治会と大学当局が積み重ねてきた吉田寮の補修に関する議論の歴史が、なかったことにされています。例えば2007年には現棟補修案が両者の間で合意され、寮自治会は実際に寮の一部を空けて工事に備えるという対応を行いました。また2012年及び2015年に現棟補修が早急な老朽化対策のために有効な手段であることが確約書の形で確認されています。2014年からは、吉田寮自治会はさらなる具体的補修方法を提案しています。

    このように寮自治会は長年に渡って現棟の大規模補修を要求し、大学当局との議論を行ってきました。最も安全性が問題視されていた寮食堂(「基本方針」で言うところの「旧食堂」)は、両者の合意の上で大規模補修が行われ、現在耐震性を十分に確保した状態で使用されています。ところが2015年秋に川添学生担当副学長が就任して以降は、寮自治会の度々の現棟補修要求にも関わらず、大学当局は「検討中である」と繰り返すだけで、何ら具体的なレスポンスを行わないまま2年半が経過しています。

    「基本方針」においてはこれらの基本的事実が無視され、その他の経緯に関しても事実誤認が多数散見されます。あたかも吉田寮の老朽化は寮自治会に責任がある、と言わんばかりです。真に学生の安全を守るのであれば、入寮募集停止措置を講じ現棟からの退去を一方的に通告して議論を長期化させるような混乱を招くのではなく、現棟補修を速やかに実現するための議論を、吉田寮自治会と行うべきです。

  • 2017年秋季入寮募集停止「要請」に対する抗議声明

    吉田寮自治会への2017年秋期入寮募集停止「要請」

    に対する抗議声明

    2017年8月15日

    吉田寮自治会

    2017年8月10日、川添学生担当副学長名義の文書にて吉田寮の2017年秋期の入寮募集を停止することが「要請」された。吉田寮自治会はこのことに強く抗議し撤回を求め、以下のとおり見解を示す。なおこの見解に基づき、吉田寮自治会は2017年秋期も通常通り入寮募集を行うことを予定している。

    1. 入寮募集停止は吉田寮老朽化の根本的な問題解決とはなりえない。関係当事者の補修要求に真摯に応えず、募集停止のみを通知することは不誠実である。

    吉田寮自治会は、2002年7月の交渉を始めとして長きに渡り現棟補修を行うことを主張してきた。近年では、2012年及び2015年に現棟補修が早急な老朽化対策のために有効な手段であることが確約書の形で確認された。2014年以降、吉田寮自治会は具体的補修方法として「京都市条例案」(後述)を提案している。

    しかし自治会の提案から3年が経過した現在、京都大学当局はこの補修案に対して何らの見解も示さず、また具体的な案を出すでもなく、「検討中である」との返答を2016年7月20日の交渉以来繰り返し続けている。吉田寮の老朽化・災害対策を行って人命を守るという意志が全く感じられない。

    吉田寮自治会は2016年7月26日に山極総長及び川添副学長に対して公開質問状を出し、寮自治会の補修要求に対するレスポンスと二つの学会から出された吉田寮の保存要望書に対する見解を求めた。しかしこれに対する「今回の公開質問状に対する回答は、老朽化対策の緊急の必要性を認めつつ、自治会側の提案も含めて、検討を進めていくこととし、外部団体からの要望書のことも認識している、というものである。なお、このメールをもって回答とし、さらなる回答は行わない。」(原文ママ)という文面の電子メールが教育推進学生支援部厚生課厚生掛より、川添副学長からの伝言として吉田寮自治会に送られるのみであった。公開質問状に対し文責すら無い電子メール上の伝言という形式であり、真摯な対話とはかけ離れた姿勢であると言わざるを得ない。また、回答の内容についても京大当局の見解として全く具体性を欠くものであり、あまつさえそれ以上の対話を一方的に拒絶する旨の付言をしてもいる。吉田寮自治会としては関係当事者からの補修要求に対する大学当局のこのような不誠実な姿勢を強く批判する。

    その一方で、京都大学当局は吉田寮自治会に対し2015年7月から現在まで5度に渡り、老朽化を理由とした入寮募集停止「要請」を一方的に通知している。これは吉田寮自治会からの老朽化・災害対策の要望を無視したうえで、災害時の責任を「吉田寮現棟に住むことを選択した寮生自身」に押し付ける、非常に不誠実で不当な行為であると評価せざるを得ない。また、これまでの吉田寮自治会と京都大学当局との交渉の経緯から考えるに、いま吉田寮自治会が入寮募集停止を受け入れることで現棟の老朽化・対災害化対策についての議論が特段円滑になるとは考え難く、むしろ寮生の生命・財産の安全を守る行動をこれ以上行う必要がないといった態度を大学当局が取るのではないかと懸念している。

    2. 入寮募集停止は寮を切実に必要とする人間を困窮させる上、歴史的に自治寮潰しの常套手段として用いられた手法であり、吉田寮自治会として到底受け入れることはできない。募集停止は老朽化対策に何ら資さず、寧ろ議論の混乱・遅延につながるため、即刻撤回すべきであり今後も出すべきでない。

    吉田寮は京都大学の福利厚生施設であり、経済的に困窮した人への安定した住環境を保証している。寮自治会による入寮選考は、年収額面上に表れない様々な経済事情を抱えた入寮希望者を安易に切り捨てず、福利厚生を広く提供するために非常に重要なものである。入寮募集を停止することは厳しい経済事情を抱えた学生の入進学・在学を阻み、現在・未来の寮生や寮を使用しうる全ての学生など当事者にとって、人生そのものにも深い影響を与える致命的な問題である。

    入寮募集停止は寮生の数を減らして量・質ともに寮自治を弱体化させる廃寮化の布石として、過去の学生寮潰しで用いられてきたという経緯がある。例えば、1980年代吉田寮が一度廃寮寸前まで追いやられた時や1990~2000年頃の東京大学駒場寮廃寮化攻撃の一環として、当局による入寮募集停止が出されている。こうした歴史的経緯や先述したように現棟老朽化への取り組みが何らないことを踏まえると、「募集停止に廃寮化の意図はない」という大学当局の主張は説得力を欠いていると言わざるを得ない。

    こうした理由から、吉田寮自治会は入寮募集停止の要請を受け入れることはできない。吉田寮現棟の早急な老朽化対策が求められる今、入寮募集停止は実質的な解決策とならないばかりか、そのための議論を徒に遅延させるばかりである。京都大学当局に真に寮生の生命・財産を守る責任を果たす意志があるのならば、議論の遅延につながる「入寮募集停止要請」は直ちに撤回すべきであり、今後も出すべきでない。

     「京都市条例案」について

    吉田寮は良質な住環境を保有し、低廉な寮費や学内寮である利便性から、福利厚生施設としても非常に質が高い。吉田寮自治会はこの吉田寮を現在及び未来の吉田寮を必要とする人々に開かれた場とし、福利厚生施設・自治自主管理空間として引き継いでゆく責任がある。また現棟には、建築史的な価値や長きに渡り当事者による自治空間として使用されてきた価値がある。こうした理由から現在寮自治会は、建物の構造を現状から可能な限り変更せずに補修や構造補強により吉田寮を存続させることを求め、具体的手法として「京都市条例案」を提案している。

    建築基準法制定以前に建設された吉田寮を現行の画一的な建築基準法に無理やり適合させた場合、建物の構造を大きく変更せざるを得ない可能性がある。「京都市条例案」とは、「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」を吉田寮現棟に適用することで、建築基準法のいくつかの制限を適用除外しつつ、吉田寮という個別のケースに適した柔軟な補修を行い、吉田寮現棟の構造・意匠を可能な限り残したままに耐震性を向上させるという案である。

    一般的に木造建築は継続的なメンテナンスによって非常に長期間使い続けることができる。良質な木材を使い、湿気のたまらない構造的な工夫がされた吉田寮は、築100年が経過した木造建築ではあるが、比較的しっかりとした構造を保っており、補修存続は十分可能であることが再三指摘されている。大学当局が入寮募集停止「要請」で老朽化の根拠に挙げている建築研究協会による吉田寮耐震調査でも、吉田寮の補修は現実的であることが述べられている。

  • 2017年1月31日の熊野寮の家宅捜索と、これに関する川添副学長の発表した文章に対しての抗議声明

    2017年1月31日の京都府警による熊野寮の強制捜査と、『Campus Life News No.12』における川添副学長による記事『熊野寮の捜索』に対する抗議声明

    2017年6月13日

    吉田寮自治会

    2017年1月31日、熊野寮において京都府警による家宅捜索が行われた。また翌2月14日、「Campus Life News No12」に川添学生担当理事・副学長の文責による「熊野寮の捜索」という記事が掲載され、警察の捜索に対して抗議した学生など当事者への批判が展開された。吉田寮自治会は、警察の暴力的強制捜査とそれを容認し抗議の声を封じ込める大学当局に対して、強く抗議する。

    新聞報道等によれば、今回の捜索は3ヶ月前に発生した「公務執行妨害事件」で逮捕された学生の「関係先」に対する捜索であるとされているが、強制捜査という強力な権力の発動を必要とする明確な根拠や妥当性が示されているとは言い難い。政治的思想や活動に対する嫌がらせを目的とした権力乱用であると言える。吉田寮自治会は一自治自主管理団体として、このように公権力が自由な思想や表現を取り締まることを決して容認しない。

    また警察による家宅捜索は、熊野寮自治会や熊野寮生に対して何らの事前通告なく、多数の機動隊員を動員して行われた。当事者を強く威圧し動揺させることを目的とした行為である。このような暴力を背景にした捜査手法に対しても強く抗議する。

    一方、記事「熊野寮の捜索」で川添副学長は、こうした公権力の介入を根拠や妥当性の無さ、暴力性を無視して、「裁判所が判断して強制捜査を許可した」という理由のみで正当化し、これに対する学生など当事者らの抗議を批判している。本来公権力と距離を取り表現や研究の自由を標榜する大学は、外部権力の介入に対して批判的な立場であるはずで、このような強制捜査に抗議しなければいけない。抗議はおろか積極的に容認する姿勢を示している川添副学長の姿勢は大いに問題である。

    上述のように暴力を背景にして行われる警察の強制捜査に対して、現場の当事者から抗議の声が上がることは当然である。また大学職員は警察の不当な行為がないよう監視するため立ち会いを行うのであり、その責任上、警察への抗議を求められることもあり得る。”職員が立会に際して警察の自治や人権を侵害する行為に対して抗議すること”は、近年では例えば熊野寮自治会と大学当局との交渉の中で話し合われ合意され、履行されてきたことでもある。川添副学長の主張はこうした歴史的経緯をも無視している。

    最後に、「熊野寮の捜索」では警察による捜索について、「父兄」や近隣住民からも苦情があるといったことが付け加えられている。しかし、大学の公的発言がもつ影響力を考えれば、このような一面的情報を特段の必要もなく取り出して、大学の広報誌に掲載し拡散させることは行ってはならない。学内団体に対するネガティブな印象を徒に一方的に流布する行為であり、強く抗議する。

    以上を踏まえ、学生担当理事・副学長川添信介氏に対し以下要求する。

    ① Campus Life News No12における記事「熊野寮の捜索」を撤回し、次回の同誌でその旨を表明すること。

    ② 1月31日の家宅捜索について、京都大学として京都府警に抗議すること。

  • 2017年春期入寮募集停止「要請」に対する抗議声明

    吉田寮自治会への2017年春期入寮募集停止「要請」に対する抗議声明

    2017年2月9日

    吉田寮自治会

    2017年2月6日、川添学生担当副学長名義の文書にて吉田寮の2017年春期の入寮募集を停止することが「要請」された。吉田寮自治会はこのことに強く抗議し撤回を求め、以下のとおり見解を示す。なおこの見解に基づき、吉田寮自治会は2017年春期も通常通り入寮募集を行うことを予定している。

    1. 入寮募集停止は吉田寮老朽化の根本的な問題解決とはなりえない。関係当事者の補修要求に真摯に応えず、募集停止のみを通知することは不誠実である。

    吉田寮自治会は、2002年7月の交渉を始めとして長きに渡り現棟補修を行うことを主張してきた。近年では、2012年及び2015年に現棟補修が早急な老朽化対策のために有効な手段であることが確約書の形で確認された。2014年以降、吉田寮自治会は具体的補修方法として「京都市条例案」(後述)を提案している。

    しかし自治会の提案から3年が経過した現在、京都大学当局はこの補修案に対して何らの見解も示さず、また具体的な案を出すでもなく、「検討中である」との返答を2016年7月20日の交渉以来繰り返し続けている。吉田寮の老朽化・災害対策を行って人命を守るという意志が全く感じられない。

    吉田寮自治会が2016年7月26日に山極総長及び川添副学長に対して公開質問状を出し、寮自治会の補修要求に対するレスポンスと二つの学会から出された吉田寮の保存要望書に対する見解を求めた。しかしこれに対する「今回の公開質問状に対する回答は、老朽化対策の緊急の必要性を認めつつ、自治会側の提案も含めて、検討を進めていくこととし、外部団体からの要望書のことも認識している、というものである。なお、このメールをもって回答とし、さらなる回答は行わない。」(原文ママ)という文面の電子メールが教育推進学生支援部厚生課厚生掛より、川添副学長からの伝言として吉田寮自治会に送られるのみであった。公開質問状に対し文責すら無い電子メール上の伝言という形式であり、真摯な対話とはかけ離れた姿勢であると言わざるを得ない。また、回答の内容についても京大当局の見解として全く具体性を欠くものであり、あまつさえそれ以上の対話を一方的に拒絶する旨の付言をしてもいる。吉田寮自治会としては関係当事者からの補修要求に対する大学当局のこのような不誠実な姿勢を強く批判する。

    その一方で、京都大学当局は吉田寮自治会に対し2015年7月から現在まで4度に渡り、老朽化を理由とした入寮募集停止「要請」を一方的に通知している。これは吉田寮自治会からの老朽化・災害対策の要望を無視したうえで、災害時の責任を「吉田寮現棟に住むことを選択した寮生自身」に押し付ける、非常に不誠実で不当な行為であると評価せざるを得ない。また、これまでの吉田寮自治会と京都大学当局との交渉の経緯から考えるに、いま吉田寮自治会が入寮募集停止を受け入れることで現棟の老朽化・対災害化対策についての議論が特段円滑になるとは考え難く、むしろ寮生の生命・財産の安全を守る行動をこれ以上行う必要がないといった態度を大学当局が取るのではないかと懸念している。

    2. 入寮募集停止は寮を切実に必要とする人間を困窮させる上、歴史的に自治寮潰しの常套手段として用いられた手法であり、吉田寮自治会として到底受け入れることはできない。募集停止は老朽化対策に何ら資さず、寧ろ議論の混乱・遅延につながるため、即刻撤回すべきであり今後も出すべきでない。

    吉田寮は京都大学の福利厚生施設であり、経済的に困窮した人への安定した住環境を保証している。寮自治会による入寮選考は、年収額面上に表れない様々な経済事情を抱えた入寮希望者を安易に切り捨てず、福利厚生を広く提供するために非常に重要なものである。入寮募集を停止することは厳しい経済事情を抱えた学生の入進学・在学を阻み、現在・未来の寮生や寮を使用しうる全ての学生など当事者にとって、人生そのものにも深い影響を与える致命的な問題である。

    入寮募集停止は寮生の数を減らして量・質ともに寮自治を弱体化させる廃寮化の布石として、過去の学生寮潰しで用いられてきたという経緯がある。例えば、1980年代吉田寮が一度廃寮寸前まで追いやられた時や1990~2000年頃の東京大学駒場寮廃寮化攻撃の一環として、当局による入寮募集停止が出されている。こうした歴史的経緯や先述したように現棟老朽化への取り組みが何らないことを踏まえると、「募集停止に廃寮化の意図はない」という大学当局の主張は説得力を欠いていると言わざるを得ない。

    こうした理由から、吉田寮自治会は入寮募集停止の要請を受け入れることはできない。吉田寮現棟の早急な老朽化対策が求められる今、入寮募集停止は実質的な解決策とならないばかりか、そのための議論を徒に遅延させるばかりである。京都大学当局に真に寮生の生命・財産を守る責任を果たす意志があるのならば、議論の遅延につながる「入寮募集停止要請」は直ちに撤回すべきであり、今後も出すべきでない。

     「京都市条例案」について

    吉田寮は良質な住環境を保有し、低廉な寮費や学内寮である利便性から、福利厚生施設としても非常に質が高い。吉田寮自治会はこの吉田寮を現在及び未来の吉田寮を必要とする人々に開かれた場とし、福利厚生施設・自治自主管理空間として引き継いでゆく責任がある。また現棟には、建築史的な価値や長きに渡り当事者による自治空間として使用されてきた価値がある。こうした理由から現在寮自治会は、建物の構造を現状から可能な限り変更せずに補修や構造補強により吉田寮を存続させることを求め、具体的手法として「京都市条例案」を提案している。

    建築基準法制定以前に建設された吉田寮を現行の画一的な建築基準法に無理やり適合させた場合、建物の構造を大きく変更せざるを得ない可能性がある。「京都市条例案」とは、「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」を吉田寮現棟に適用することで、建築基準法のいくつかの制限を適用除外しつつ、吉田寮という個別のケースに適した柔軟な補修を行い、吉田寮現棟の構造・意匠を可能な限り残したままに耐震性を向上させるという案である。

    一般的に木造建築は継続的なメンテナンスによって非常に長期間使い続けることができる。良質な木材を使い、湿気のたまらない構造的な工夫がされた吉田寮は、築100年が経過した木造建築ではあるが、比較的しっかりとした構造を保っており、補修存続は十分可能であることが再三指摘されている。大学当局が過去の入寮募集停止「要請」で老朽化の根拠に挙げた建築研究協会による吉田寮耐震調査でも、吉田寮の補修は現実的であることが述べられている。

  • 2016年10月6日に提出した京都大学総長山極寿一に対する公開質問状

    2016年10月6日

    京都大学総長 山極壽一 殿

    吉田寮自治会

    公開質問状

    10月3日、時計台前で「4学生への無期停学処分撤回10.3京大集会」と称する集会が行われた。これと時を同じくして、時計台の周辺には大学職員が大量に動員され、赤煉瓦棟のあらゆる出入口には警備員が配置され、その機能を停止した。また、東一条通には数十名の京都府警機動隊が整列し、行き交う人々を威圧していた。

    吉田寮自治会としては、こうした警察権力の動向は大学の自治を破壊する許しがたい行為であると認識しており、大学当局に対してもこの件については何らかの抗議を行うべきと考えている。しかし、学生部の窓口等がある赤煉瓦棟が終日封鎖されたこと等から、大学当局の中で警察権力を積極的に導入した者がいたのではないかとも疑われる。いずれにせよ、今回の警察権力の介入は言語道断である。

    今回の警察権力の介入に関して、以下の2点の質問に回答されたい。期限は10月20日とする。

    一、大学自治の観点から、今回の警察権力の動向に対してどのような抗議をするつもりか。

    二、今回の警察権力の介入は一体どのようなプロセスを経て行われたものか。もし、大学当局が警察権力を導入したのであれば、どういった権限をもって行われたものであるか。明らかにせよ。

  • 2016年10月6日に山極総長宛に発した抗議文

    2016年10月6日

    京都大学総長 山極壽一 殿

    吉田寮自治会

    抗議文

    2016年9月30日、京都大学名義で告示第5号が発出された。

    告示第5号

    本学構内において、学外者による勧誘行為、ビラ配布、拡声器などを使用して大音量を発する行為、その他教育研究活動を妨害する一切の行為を禁止する。

    これらの迷惑行為を行った個人または団体に対しては、大学構内への立ち入りを禁止するなど、厳正に対処する。

    京都大学

    我々はこの告示は学生など当事者の権利を侵害するものと考え、撤回を要求する。以下、我々の見解を示す。

    1、この告示における「学外者」とは、京都大学に籍をおいていないもののことを指しているのかもしれない。しかしこうした人々は、サークル活動や学会などは言うに及ばず、大学の様々な活動において普遍的に現れる存在である。したがって、京都大学に籍をおいているか否かによって活動を規制したり、構内への立ち入りを禁止することは、これらの人々に対する差別行為であり、また京都大学を閉鎖的な空間にすることを意味し、容認出来ない。

    2、告示の中で触れられている『勧誘行為、ビラ配布、拡声器などを使用して大音量を発する行為』であるが、これらは学生など当事者にとって大学に関する問題について、自らの主張を表現する手段の一つである。近年、大学執行部(総長や理事)の権限がより強化されてきており、特に学生や京都大学に籍をおいていない者は大学の意思決定プロセスから排除されることが多い。こうした人々にとって、自らの主張を公に表現できるこれらの手段はますます貴重なものになっている。また、京都大学の問題は、現段階で京都大学に籍をおいている者以外にも関係することがある。この場合、京都大学において何らかの主張・抗議をすることは、当然、「学外者」に対しても開かれているべきである。

    3、この告示に示された「教育研究活動を妨害する一切の行為」及び「迷惑行為」などの言葉は全く曖昧である。大学当局によって恣意的な運用が可能であり、学生など当事者を弾圧するための口実として利用される可能性が高い。実際、違反した個人または団体に対しては厳正に対処すると書かれており、大学当局による権力濫用が強く懸念される。更に、当該人物を大学構内から排除するとしていることや、同日出された告示第6号において「法的措置も含めて厳正に対処する」と書かれていることを鑑みれば、警察等の外部権力を導入しようとしているとも想定される。そのような暴力的「対処」を吉田寮自治会は認めない。こうした大学当局の強権的な姿勢自体が、学生など当事者による大学構内での「正課」外での諸活動を大きく萎縮させる機能をもち、容認出来ない。

    以上3点にわたって述べてきたように、大学当局が「迷惑行為」といった曖昧な言葉を恣意的に運用し、学生など当事者の活動を一方的に規制することは、認められない。また京大に学籍をおかないことを基準として排除することも、容認しない。

  • 2016年秋季入寮募集停止「要請」に対する抗議声明

    吉田寮自治会に対する2016年秋季入寮募集停止「要請」に対する抗議声明

    2016年7月26日

    吉田寮自治会

    2016年7月20日に行われた吉田寮自治会と京都大学当局との交渉(予備折衝)で、川添学生担当副学長の名義で吉田寮の2016年秋季の入寮募集を停止することが「要請」された。吉田寮自治会はこのことに強く抗議し撤回を求め、以下のとおり見解を示す。なおこの見解に基づき、吉田寮自治会は2016年秋季も通常通り入寮募集を行うことを予定している。

    1. 入寮募集停止は吉田寮老朽化の根本的な問題解決とはなりえない。寮生らの補修要求に真摯に応えず、募集停止のみを通知することは不誠実である。

    吉田寮自治会は、2002年7月の交渉を始めとして長きに渡り現棟補修を行うことを主張してきた。近年では、2012年及び2015年に現棟補修が早急な老朽化対策のために有効な手段であることが確約書の形で確認された。2014年以降、吉田寮自治会は具体的補修方法として「京都市条例案」(後述)を提案している。

    しかし自治会の提案から二年半が経過した現在、京都大学当局はこの補修案に対して何らの見解も示さず、また具体的な案を出すでもなく、「検討する」とのみ繰り返すばかりである。2016年7月20日の交渉でも大学当局からは「検討中だと思うが、今言えることは何もない」という趣旨の返答であった。吉田寮の老朽化・災害対策を行って人命を守るという意志が全く感じられない。

    その一方で、京都大学当局は吉田寮自治会に対し2015年7月から現在まで2度に渡り、老朽化を理由とした入寮募集停止「要請」を一方的に通知し、3度目の通知を予告している。これは吉田寮自治会からの老朽化・災害対策の要望を無視したうえで、災害時の責任を「吉田寮現棟に住むことを選択した寮生自身」に押し付ける、非常に不誠実で不当な行為であると評価せざるを得ない。また、これまでの吉田寮自治会と京都大学当局との交渉の経緯から考えるに、いま吉田寮自治会が入寮募集停止を受け入れることで現棟の老朽化・対災害化対策についての議論が特段円滑になるとは考え難く、むしろ寮生の生命・財産の安全を守る行動をこれ以上行う必要がないといった態度を大学当局が取るのではないかと懸念している。

    また2016年7月20日の交渉で、京都大学当局は寮自治会に対して「寮生全員の部屋割り情報を提出してほしい」とも要求し、「コンプライアンスの観点から、災害がおこった際に京都大学当局として被害の状況をいち早く把握する必要が有る」という説明を行った。しかし、具体的な老朽化・災害対策に向けた取り組みがないままに行われるこの主張は、「京都大学当局は寮生の生命・財産の安全性を確保・向上する意志を持たず、小手先の責任回避を優先させている」と評せざるを得ず、非常に不誠実である。

    2. 入寮募集停止は寮を切実に必要とする人間を困窮させる上、歴史的に自治寮潰しの常套手段として用いられた手法であり、吉田寮自治会として到底受け入れることはできない。募集停止は老朽化対策に何ら資さず、寧ろ議論の混乱・遅延につながるため、即刻撤回すべきであり今後も出すべきでない。

    吉田寮は京都大学の福利厚生施設であり、経済的に困窮した人への安定した住環境を保証している。寮自治会による入寮選考は、年収額面上に表れない様々な経済事情を抱えた入寮希望者を安易に切り捨てず、福利厚生を広く提供するために非常に重要なものである。入寮募集を停止することは厳しい経済事情を抱えた学生の入進学・在学を阻み、現在・未来の寮生や寮を使用しうる全ての学生など当事者にとって、人生そのものにも深い影響を与える致命的な問題である。

    入寮募集停止は寮生の数を減らして量質ともに寮自治を弱体化させる廃寮化の布石として、過去の学生寮潰しで用いられてきたという経緯がある。例えば、1980年代吉田寮が一度廃寮寸前まで追いやられた時や1990~2000年頃の東京大学駒場寮廃寮化攻撃の一環として、当局による入寮募集停止が出されている。こうした歴史的経緯や先述したように現棟老朽化への取り組みが何らないことを踏まえると、「募集停止に廃寮化の意図はない」という大学当局の主張は説得力を欠いていると言わざるを得ない。

    こうした理由から、吉田寮自治会は入寮募集停止の要請を受け入れることはできない。吉田寮現棟の早急な老朽化対策が求められる今、入寮募集停止は実質的な解決策とならないばかりか、そのための議論を徒に遅延させるばかりである。京都大学当局に真に寮生の生命・財産を守る責任を果たす意志があるのならば、議論の遅延につながる「入寮募集停止要請」は直ちに撤回すべきであり、今後も出すべきでない。

     「京都市条例案」について

    吉田寮は良質な住環境を保有し、低廉な寮費や学内寮である利便性から、福利厚生施設としても非常に質が高い。吉田寮自治会はこの吉田寮を現在及び未来の吉田寮を必要とする人々に開かれた場とし、福利厚生施設・自治自主管理空間として引き継いでゆく責任がある。また現棟には、建築史的な価値や長きに渡り当事者による自治空間として使用されてきた価値がある。こうした理由から現在寮自治会は、建物の構造を現状から可能な限り変更せずに補修や構造補強により吉田寮を存続させることを求め、具体的手法として「京都市条例案」を提案している。

    建築基準法制定以前に建設された吉田寮を現行の画一的な建築基準法に無理やり適合させた場合、建物の構造を大きく変更せざるを得ない可能性がある。「京都市条例案」とは、「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」を吉田寮現棟に適用することで、建築基準法のいくつかの制限を適用除外しつつ、吉田寮という個別のケースに適した柔軟な補修を行い、吉田寮現棟の構造・意匠を可能な限り残したままに耐震性を向上させるという案である。

    一般的に木造建築は継続的なメンテナンスによって非常に長期間使い続けることができる。良質な木材を使い、湿気のたまらない構造的な工夫がされた吉田寮は、築100年が経過した木造建築ではあるが、比較的しっかりとした構造を保っており、補修存続は十分可能であることが再三指摘されている。大学当局が過去の入寮募集停止「要請」で老朽化の根拠に挙げた建築研究協会による吉田寮耐震調査でも、吉田寮の補修は現実的であることが述べられている。

    公開質問状

    総長 山極寿一 殿

    学生担当理事・副学長 川添信介 殿

    上記声明にもとづき、以下のとおり山極総長及び川添副学長に質問する。8月4日(木)までの回答を求める。

    1、吉田寮自治会と京都大学当局は吉田寮現棟の老朽化対策について真摯な議論を積み重ね、現棟補修の意義を確認してきた。このことを踏まえた上で、吉田寮現棟の老朽化対策、特に吉田寮自治会が現在主張している現棟補修案(「京都市条例案」)に関して、どのように考えているのか。

    2、2015年、建築学会近畿支部及び建築史学会が、現棟の歴史的価値や建築的価値について述べ吉田寮の保存を求める要望書を山極総長宛に出している。しかし現在に至るまで大学当局はこれに対して何らの応答もしていない。ニ学会の要望書に対する京都大学としての公式見解を明らかにせよ。

    2016年7月26日

    吉田寮自治会

  • 2016年4月28日発出 2015年熊野寮祭企画ストームにおけるセクシュアル・ハラスメントに対する声明文

    以下は2015年熊野寮祭にて行われた、吉田寮との合同企画『ストーム』をきっかけにして起きたセクシャルハラスメントに対する声明である。

    2016年4月28日

    2015年熊野寮祭企画ストームにおけるセクシュアル・ハラスメントに対する声明

    吉田寮自治会

    目次

    A問題の概要

    ・経緯

    ・この問題の当事者は誰か

    ・寮のもつ「男性」性

    B提起

    C各論

    1、当問題がセクシュアル・ハラスメントであること

    2、SNS使用の問題点

    3、セカンドレイプの問題

    4、「祭り」の場における同調圧力と無関心の問題

    5、ストームそのもののもつ危うさについて

    A 問題の概要

    ■経緯

    2015年12月5日未明、吉田寮受付周辺にてストームが開催された。熊野寮生、吉田寮生、寮外生、あわせて約50名程度が参加した。また、ストーム終了後には吉田寮食堂にて交流会が開催され、盛況であったという。

    しかし、このストームが終了してから数時間後、次のような発言がtwitter で発信された。

    今日のストームはどさくさに紛れて吉田寮の女の子にボディタッチするという目標を大いに達成できたので良かった” (アカウント:わたなべゆうすけ @14youuuu)

    5日午前4時頃、そのツイートを発見した吉田寮生が食堂に残っていた熊野寮生、それから吉田寮側のストームの企画者にこれを報告し、問題が明らかになった。その翌日からこのツイートをめぐり様々な人々が様々な反応を示した。ここではその一つ一つを逐一書き連ねることはせず、大まかにどのような動きが出たかを述べよう。

    ・熊野寮生有志が当該ツイートをした本人(以下、加害者)と話し合いをした

    ・吉田寮側のストーム企画者、吉田寮生有志がそれぞれ熊野寮生有志に事情を聴きに行った

    ・吉田寮生有志がこの問題について吉田寮内で情報収集を行った

    ・熊野寮の関係者から、『加害者本人が「直接寮に来て謝罪したい」』と言っていることが伝えられた。しかしここでは「加害者が自身の行為の問題点についてどのように考えており、誰に何を謝罪したいのか」といったことが何ら説明されておらず、吉田寮有志としては、「謝罪の場」で加害者が自身の行為を正当化したり曖昧にするような言説を繰り返したり、それを擁護するような言説が生じるといった二次加害行為が発生することが懸念された。吉田寮有志は、二次加害を避けるため、また問題認識を疎かにしたまま形ばかりの「謝罪」によって問題の幕引きが図られることを警戒して突然の来寮と安易な「謝罪」を断り、懸念する点を説明した上で、「何を問題視しており、何を、誰に対して謝罪するのかということを事前に明らかにするべきだ」と加害者に伝えた。

    ・しかしその後結局加害者本人からは、上記のような問いかけに対して、何ら応答がなかった。

    ・このツイートに対して批判する人もいたが、多くの者は無関心あるいは加害者を擁護する態度を取った

    ・熊野寮祭実行委員会は、この件について十分な総括をしないまま解散した

    ・熊野寮、吉田寮双方のストーム企画者は、今日に至るまでこの件について一切の総括をしていない

    吉田寮自治会は、この現状を深刻に受け止めている。これだけあからさまに行われた性暴力に対して、いまだに何も総括されていないからだ。我々は特に熊野寮祭実行委員会やストーム企画者、そして何より加害者から、本件に関する自己批判があるものと期待していたが、そのような動きは一切なかった。事件発生から4ヶ月以上が経過したが、この問題は今もなお解決しないままである。今回、本声明において吉田寮自治会としての見解をできるだけ詳細に述べた。今後、寮における性暴力事件を防ぐためにも、この問題に対して真摯に取り組んでいただきたい。

    ■この問題の当事者は誰か

    SNSで投稿した本人以外にも多くの人間がこの問題の当事者である。なぜなら、問題のツイートは不特定多数の人間を相手にしたものであるし、ストームにしても大勢の人間が関わっているからだ。ましてや、問題となったツイートに関連して、それを擁護したり、セカンドレイプとなるツイートも多くみられている現状では、ツイートした本人だけがこの問題の当事者ということはあり得ない。

    とはいえ、もちろん問題の中心にいる当事者は明らかにツイートを投稿した加害者である。この問題は第一に、加害者が様々な人々に対してハラスメントをはたらいたという、セクシズムの問題である。そして、その加害行為の被害者として、吉田寮生や熊野寮生、そしてストームに参加した寮外生も現れる。特に寮外生は一番ケアしにくい立ち位置にいるので、我々は登場人物としてしっかり認識する必要がある。それから、加害行為を企画全体に対する攻撃とみれば、寮祭実やストームの担当者も被害者といえる。しかし、同時にかれらは、ハラスメントが起こったときの対応などが十分に想定されていたかなど、運営者としての責任も果たさねばならない立場である。その他にも、加害者の加害行為を娯楽的に消費したり、セカンドレイプ発言を繰り返す人々もいる。彼らの存在はこの問題が単に加害者個人の言動にとどまらないことを象徴している。我々はこうしたセカンドレイプについても看過することはできない。

    ■寮のもつ「男性」性

    セクシュアル・ハラスメントとは、何らかの権力構造を背景にして行われる性的な嫌がらせのことであり、「男性」から「女性」に対して行われることが多い。「何らかの権力構造」とは、例えば上司と部下、教授と学生といったものが挙げられる。あるいは、既に存在する「男性」にとって都合のいい社会規範なども権力構造の一つである。社会においては「男性」と「女性」の不平等が既に存在しており、その不平等を利用してセクシュアル・ハラスメントは起こり、またセクシュアル・ハラスメントが起こることにより、この悪しき構造が強化されるという側面もあるだろう。

    さて、熊野寮や吉田寮において「男性」と「女性」は平等だろうか。熊野寮も吉田寮も性別によって入寮資格を制限することはしていない。とはいえ、そのことをもって、熊野寮や吉田寮では「男女」平等が実現している、とは言えない。寮生の「男女」比で言えば現在でも多数なのは「男性」である。ここで「男性」と呼んでいるのはどういう人々のことか。例えば戸籍制度の枠組み内で「男性」に割り振られた人々かもしれない。あるいは生物学的に「男性」と分類された人々だったり、各人の性自認による「男性」だったりするかもしれない。いずれにせよ「男性」は多数派である。そして、そのことは「男性」性を共有した者たちが多勢を占めることにつながっている。

    「男性」性を共有するということは一体どのようにして確認されるか。それは一言で言えば、「女性」を性的なモノとして扱うことによってである。「女性」を遠巻きに見て品定めをする。ライブに出演した「女性」を本人の許可もなく至近距離で撮影する。既存の「男性」特権を発揮する仕方で様々な「女性」をとっかえひっかえ食い散らかす「男性」に対して、羨望の眼差しを向ける。その一方で、ポリアモリー1に基づき複数のパートナーと交際する「女性」2を、それが「女性」であるというだけで蔑視する。こうした行為はまさに「男性」が「女性」をモノとして見ているがゆえの行為といえよう。そして、今回問題となっているSNSでの投稿や言動も、まさにその一例である。

    「女性」あるいは「男性でない者」をモノ化できることが「男性」性の定義であり、それができない者は、その性自認に関わらず、「男性」であることを許されない。このように、特定の行動様式を共有しない者を排除して構築された場をホモソーシャルな場と呼ぶ。上述のように、熊野寮や吉田寮では「男性」が多数派を占める。このことは、「男性」性に基づくホモソーシャルな場が幅を利かせる一因となっているだろう。同時に、こうしたホモソーシャルな場が「女性」あるいは「男性ではない者」を排除しているなら、これが原因となって「男女」比の偏りが起こっているともいえる。このようにしてホモソーシャルな場は絶えず「他者」を排除することによって強化されていく。

    今回のSNSでの一連の発言の根底には、寮を支配する「男性」的なノリが確かに読みとれる。自らの痴漢行為を告白するあの投稿は、自分が属している共同体、ホモソーシャルな場の構成員に対してなされたものとも言える。痴漢行為を誇示するということは、自分はちゃんと「女性」を消費できるということを仲間に対して証明するということである。「男性」性を共有した構成員はこれに賛辞を投げかける一方で、こうした一連の言動に対して異議を唱える者には強烈な拒絶反応を示す。これは具体的には、セカンドレイプや加害者擁護のかたちであらわれる。

    寮では様々な価値観を持った者たちが生活空間を共有する。しかし、そこにひとたびホモソーシャルな場が登場すれば、寮に住まう者たちは常に「男かそうでないか」と監視され続けることになる。そしてその中で「男性」でいられない者たちは、「男性」にモノとして消費されるほかない。「男性」が「男性」であることを謳歌する、そのすぐ足もとには「女性」あるいは「男性ではない者」として排除され、蹂躙された人間が倒れていることを自覚すべきである。そこから目をそむけていては、この問題を根本から解決することはできないだろう。

    B 提起

    以上の問題意識および現状分析のもとで、吉田寮自治会は次の4点について提起する。

    1.加害者および加害者を擁護したりセカンドレイプをした者は、自身の問題性について自己批判すること

    2.熊野寮祭実行委員会およびストームの企画者は本件に関して十分な総括をすること

    3.熊野寮及び吉田寮の寮自治会、寮祭実、寮生らは、本件の経緯および問題意識を不断に共有していくこと

    4.熊野寮生および吉田寮生各人は、それぞれの寮で起こりうる性暴力への対応を真摯に検討し、これまでの自らのありようを総括すること

    C 各論

    以下に、当問題に関する個別の論点について、記述する。

    1、この問題がセクシュアル・ハラスメントであること

    2、SNS使用の問題点

    3、セカンドレイプの問題

    4、「祭り」の場における同調圧力と無関心の問題

    5、ストームそのものの持つ危うさについて

    1、この問題がセクシュアル・ハラスメントであること

    ツイート

    わたなべゆうすけ @14youuuu

    今日のストームはどさくさに紛れて吉田寮の女の子にボディタッチするという目標を大いに達成できたので良かった”

    このツイートは、セクシュアル・ハラスメントである。

    「どさくさに紛れて吉田寮の女の子にボディタッチする」ってどういうことだろう。ストームという企画は、その性質上、どうしても参加者間の身体接触(ぶつかり合い、押し押され)が起こることが前提とされている。ストームでは全ての参加者が、女とか男とかの別け隔てなく、相互に「ボディタッチ」が行われ合っているようなもの。なのに、なぜわざわざ「吉田寮の【女の子に】ボディタッチする」ことを取り立てて書いたのか。それは、【女性に触る】ことを特別扱いし、示威し、ネタにするためである。

    当人の許可や合意なく勝手に身体に触ることは、暴力である。当人の許可や合意なく勝手に身体に触ること、とりわけ女性の身体に触ることについて、された側の嫌だという声が上がり続けているにも関わらず、起こり続けている。それは、教室で、飲み会で、通学・通勤車両で、路上で、起こり続けている。そしてこの暴力とは、既存の権力関係すなわち女性は舐めても良いという社会的風潮に乗った形で働かれている、不当な暴力である。

    そしてこの不当な暴力は、それ自体がネタとして色付けされ消費されている現状がある。それに留まらず、その暴力を告発する声ですら、戯画化され、馬鹿にされ、軽んじられている。例えば今回起こったことを批判も総括もできないままでいつづけている寮は、まさに上述した文化に染まった形で存在している。このような場所では、女性の身体を触ることやそれを示威することが、面白いネタとして機能する。件のツイートはそういった受け手の反応を狙って、【吉田寮の女の子(及び、実際のストームの場で誰が吉田寮生か厳密に見分けられたとは考えにくいので、その場に存在したツイート主が女性として眼差した存在全員)】を生け贄に、仲間内にネタを提供しようとして発信されたものではないだろうか。

    ストームに参加する人達は、基本的にストームという企画の性質を理解し合意した上で参加していたはずである。女性の参加者達も、身体接触が起こること自体は他の参加者達と同様に了解して参加していたはずであるが、自分のあずかり知らぬところで「女性である」という点に意味を見出され、勝手にネタとしての意味合いを付与されて消費されてしまった。今回のストームの呼び掛けにおいて、「女性が参加する場合は、あなたのジェンダーと身体に性的意味合いを見出し、性的なものとして扱うことを自明視しますので、それに合意の上で参加してください」などとは宣伝されていなかった。当人達が合意していないのに、ジェンダーや身体に性的意味合いを見出されそれを自明視されて扱われるという経験は、この社会で生きる女性達の多くが持っている。あまりに多くの人が経験しているが、あまりに「当たり前」の「日常」の風景となり過ぎていて、それが人格への侵害であるということに気付きにくくされている。

    私達の多くは(全ての人では無いかもしれないが)自分の身体に、他者の身体に、性的な意味合いを見出してしまうことがある。それ自体は止めようも咎めようもないかもしれないが、他者に対して当人の合意なく、勝手に付与した性的意味合いを、自明視し公表する行為は、セクシュアル・ハラスメントである。

    そしてこの発言は、ツイッター上の公開アカウントで行われたものである。たとえ本人にそのつもりがなかったとしても全世界に向けて発信されたものであり、公共の場で行われたことである。本人にそのつもりがなく、恐らくは「いつもの冗談が通じる友人同士」の関係を想定して為された言葉であろうが、この点こそが、このツイートの悪質さを物語っている。「吉田寮の女の子へのボディタッチ」をネタ化したこのツイートは、決して「吉田寮の女の子」に向けて発された言葉ではないのだろう。つまり、「いつもの冗談が通じる友人同士」に向かって、その輪の関係性には不在であろう「吉田寮の女の子」を自分達のネタの客体として消費したのである。

    今回のように公共の場でセクシュアル・ハラスメントとセカンドレイプ発言が行われてしまった原因として考えられるのは、「当人の許可や合意なく勝手に身体に触る不当な暴力」や「女性に触ること」が面白いネタとして機能する文化にどっぷり浸かっていたために、その文化によって抑圧され迫害される他者の存在への意識が疎かになってしまった点である。差別的な文化とは往々にして、あまりに猛威をふるってそこから排除される他者を蹴散らしながら我が物顔で公共空間を闊歩する為、自分達の感覚が「普通」であるとか「普遍」であるという勘違いを起こしやすい。しかし、私達が社会で共に暮らす様々な存在は、そんなにも同質ではなく、誰も彼もが差別的な文化で生きていける訳ではない。このような差別的な文化を疑問に思い、排除を自明視する場所にしたくないのであれば、まずはこのセクシュアル・ハラスメントの告発の声に向き合い、自分達がネタの客体として消費し、排除した存在への真摯な向き合いが求められるだろう。

    2、SNS使用の問題点

    当事件は、SNS発信を契機として発覚し、なおかつSNS発信の内容を通して問題化されたものである。セクシュアルハラスメントというと、実際の身体接触や発言が問題視されることが多く、SNSでのセクハラについてはあまり知名度が無いのが現状である。よって本章では、SNS発信におけるセクハラの問題点および、当事件におけるSNS使用の問題点について指摘する。

    当該ツイートについて、問題であるのは以下の2点である。

    まず、参加者の女性(寮外生や熊野寮生も含まれるが、ツイート内では「吉田寮女子」)を「ボディタッチ」の対象として、つまり性的な暴力対象として見なしていることである。この点については前項で既に分析した通りである。

    二つ目の問題点は 、上記の内容をツイートとして明文化することで、加害の再生産が起きていることである。ツイートとして可視化されているうえに、他の人々からのリツイート、メンションが発生している。これらの多くは、当該ツイートを問題視するものではなく、むしろ面白がるものであった。twitter内で「ネタ」として消費されることで、当該ツイートの内容や、実際のストーム現場での身体接触の被害も「ネタ」として矮小化され、声を上げることは「無粋」と見なされ、ストーム参加者が声を上げにくい状況が形成されてしまう。この土壌・雰囲気が蔓延することで、参加者による被害申告が「ネタに水を差す」ものとして受け取られかねない。これは二次被害にもつながりうる点で重大である。

    以上の点で、ストームに参加した女性は、ストーム中の身体接触について声を上げにくい状況となる。それだけでなく、「ネタ」としての特性ゆえ、身体接触の内実について疑うことが「自意識過剰」として受け取られる恐れもある。ストームに参加した女性は、他の参加者を疑ってしまうことの心理的負担に加え、自意識過剰とみなされるのではという恐れとの、ダブルバインドに立たされることとなる。

    しかし一方で、SNSの性質上、セクハラが成立し得るのかという問いもあるかもしれない。インターネットという仮想空間の特性上、現実世界で主に適用されるセクハラと同列に論じてもよいのか、もしセクハラであっても加害性が薄いのではないか、といった反論もあるかもしれない。しかし、ネットは閉じた空間ではないし、善悪の問題からは逃れられない。そのうえ誰でも閲覧可能であり、再確認することも可能である。当該ツイートのみならず、SNSでの発言は、いくらセキュリティに配慮していても基本的に流出の恐れは避けられない。

    また、当該ツイートでは「ボディタッチ」の宣言は行われているが、実際に体を触っているか確定できない。この点で、当該ツイートは典型的なセクハラ像からは外れている。しかし、その発言内容そのものがセクハラであり、さらに周囲の反応によって、武勇伝や肝試しなどの「ネタ」的要素を付与され、消費されている点で悪質である。

    最後に、当該ツイートは、特定の相手に向けられていない。このため、当該ツイートの加害の矛先は曖昧であると考える人が多いかもしれない。しかし、ある属性を持つ人々を言及対象とし、さらに示威行為を行っている点でその加害性は明らかである。また、ローカルに「吉田寮女子」を矛先とするだけでなく、「女性はボディタッチの対象である」、「しかもこのメッセージはネタとして面白半分で発することができる」という、広く性差別的なメッセージを発している。

    SNSでの発信といえども、「ボディタッチを遂行した」と女性を性的な加害対象と見なしている点で、当該ツイートはセクハラとして成立している。また当該発言が、ネット特有の加害性をもっていることの影響を踏まえる必要がある。

    3、セカンドレイプの問題

    セカンドレイプとは、性犯罪・性被害の被害者が被害を公にすることで周囲の人から好奇や誤解の目に晒され、二次的に精神的な苦痛や不利益を被ることである。具体的には、レイプや性犯罪・性暴力被害者を診察する産婦人科医や事情聴取をする警察官が、「あなたにも隙があったんですよ」などと被害者にも責任があるという発言をすること、あるいは好奇心的な目で見ることなどによる。性犯罪・性被害にあったことを告白し助けを求めることは、それ自体被害者に辛い体験を思い起こさせるものであるばかりか、このようなセカンドレイプの存在によっていっそうハードルの高いものになっている。

    当事件においても、セカンドレイプの問題は避けて通ることができない。twitterに投稿された当該ツイートそのものの加害性だけでなく、当該ツイートに対するメンションやリツイートの中には、その内容を擁護したり、ネタとして消費するものもあった。

    セカンドレイプはtwitterで明文化された加害だけにとどまらない。事件発生後、当該事件に直接関わっていない人々たちが、加害を擁護する発言をしたり、被害者を特定しようとするなどの行為も見られた。これらの行為は、特定の被害者のみならず、(主に女性の)ストーム参加者を潜在的被害者として対象化し侮蔑する点で、セカンドレイプである。

    このようなセカンドレイプが横行した一因に、吉田寮・熊野寮・そして京都大学がホモソーシャリティの強い集団であることが挙げられる。

    ホモソーシャルな場では、セカンドレイプが発生しやすい。なぜなら、ホモソーシャルはしばしば女性を性的対象として自明視しており、さらに被害者である女性を侮辱することで連帯が強化されるためである。

    ホモソーシャルな場において、性加害をネタにしたり、顕在的/潜在的な被害者を貶めることは、ホモソーシャルな場を再生産する。なぜなら、セカンドレイプが表明される時、そのノリに順応する「男(ここでいう男とは、女性を性的に対象とするという、自明視された男像である)」と、異議をとなえる「男でない/男を理解できない者」が差異化され、悪循環的に後者に対する加害が行われるからである。この背後には、ミソジニー(女性嫌悪)やホモフォビア(同性愛嫌悪)をはじめとする、性別にかかわらずヘテロ男性でないものを嫌悪し加害する、ホモソーシャルな場の特有性がある。

    ホモソーシャルな場と、セカンドレイプによる場の再生産の悪循環は、男性の比率の高い学生寮であればなおさらのことである。ホモソーシャリティと加害性をめぐる問題は、熊野寮のみならず、吉田寮にとっても課題であり、何らかの対策を行う必要がある。

    4、「祭り」の場における同調圧力と無関心の問題

    既に繰り返し述べてきたように、社会における男性中心主義や性のあり方に関する不自由な考え方が、性暴力を支えている。コンパや寮祭など参加者相互の交歓の場における安易な性暴力の発動は、あまりに日常化されてしまっている性差別意識を基にしている。

    また同時に、寮祭をはじめ吉田寮や熊野寮で頻繁に行われる場全体としての一体感を強め、高揚し、盛り上がるといった性質をもつ「祭り」において注意しなければならないのは、その場で起こった問題に対する”一部の”抵抗や告発を「「祭り」に対する妨害行為」と見なして排除することに繋がりやすいということだ。「その場の雰囲気を壊したくない/壊されたくない」という圧力が、被害者に対して泣き寝入りを迫ったり、仮に告発に至っても、「折角みんな楽しんでいるのに、そんなことで水を差すな」と、被害者の主張よりもその問題に無関心でいられるマジョリティの「気持ちよさ」を優先する=不快要素は排除するという二次加害行為が発生したりする。日常に通底する差別意識と、「祭り」を滞り無く行いたい/行わなければという圧力が相まって、「祭り」の場における性暴力の発生と告発の無化につながるのである3

    今回の問題にしても、性差別発言が発言者を含めストームの直後に発覚しているにも関わらず、このことで何らかの継続的な対応や主催による意思表明、最低限の問題共有すらも行われないまま、翌日以降も熊野寮祭が”滞り無く”実行された。「祭りに水を差すべきでない」という無言の圧力が、問題への対応を遅延させたのではないだろうか。

    これは、性のあり方や年齢や国籍や学歴や職業等に関する差別意識が蔓延し、多くの場合その場の個々人に自己決定権がなく権力的な支配非支配の関係にある、社会全般において見られることだろう(例えば教授や先輩が采配をふるう研究室の飲み会を想起しよう)。寧ろ、自治自主管理空間で行われる「祭り」とは、本来このような状況に対置されるはずだ。即ち、その場の抑圧に対する個々の問題提起に真摯に応答し、問題解決を考え、より良い場のあり方とはなにかを皆で深めていくこと。それを通じて、押し付けられた社会規範を内面化した自己や抑圧された自己と周囲の関係性を見なおしていくこと(しばしば見られる「表現の自由」を盾にして自らが内面化する社会主流の規範を無批判に正当化することとは、真逆であることに注意したい)。これは自治そのものに通じることでもあるだろう。こうした目的意識を見失った「祭り」の場は、ただただ社会規範を再生産しマイノリティを排除することで場の一体感を高めるというものになりやすい。

    場のあり方を問われるとき、その場を構成する一人ひとりが応答する立場にある。例え性暴力を積極的に肯定することはなくても、起きてしまった/起こることが懸念される性暴力に対して何らの態度表明も行われない場は、現状(性暴力が日常的に発生している)を追認することに繋がるだろう。とりわけ場の「主催者」とされる人々は、事実上、場に対するより大きな影響力をもっているため、注意しなければならない。

    寮祭企画「ストーム」は、他人との身体的接触を伴い、場の高揚感が高まりやすいイベントで、過去に性暴力が起きた経緯がある程に「男性的ノリ」との親和性が高いイベントだ(ストームという企画自体の持つ危うさについては後述する)。現状では性暴力に対する問題認識が十分に浸透しているとは言い難い寮や大学キャンパスといった男性中心的な環境で、こうしたイベントを行うのであれば、その場のあり方について予め問題意識を表明・共有しておくことが重要だろう。しかし今回、企画主催者がハラスメントに関して、事前に何らかの意思表示を行ったり注意喚起をすることはなく、当日参加者から補足されることもなかったと思われる。

    そして実際に今回のストームで性差別発言やそれを擁護する言説が発生しても尚、それに対しストームや寮祭の主催者を始めいかなる主体も、約半年に渡り何らの態度表明をあらわしていない。繰り返しになるが、これはストーム・寮祭における性暴力を、無言の内に容認することを意味する。問題に対する無関心は、それ自体が問題を「大した問題ではない」と矮小化する一つの態度表明となることを、認識するべきである。

    5、ストームそのもののもつ危うさについて

    寮祭期間中にしばしば行われてきたストームは、多くの寮生・寮外生が参加し、その後に行われる飲み会などとあわせて、吉田寮・熊野寮に関わる人々の交流のきっかけとなってきたということは、一面では事実である。そうした交流は、寮自治の基盤となる共同性や、吉田寮・熊野寮間の連携を強めていくうえで、いくらかプラスになってきたことは事実だろう。しかし、ストームが一定程度そうした肯定的な意味を持つ反面、その危うさについては――少なくとも近年においては――ほとんど顧みられることがなかった。

    もとより、寮祭をはじめとする、寮で行われるイベントの盛り上がりそのものが、その場でマイノリティの立場にある人々を抑圧する危険性とつねに背中合わせであるということは、すでに述べてきたとおりである。このことは、多くの人が参加するイベントにおいてつねに念頭に置かれなければならない。ストームは、そうしたイベントのなかでも、とりわけ性暴力を生み出す危険性を伴ったものだと言える。

    混乱状態のなかで多くの人が身体的に接触しあうストームでは、大勢の人間がおたがいに身体をつかみ合い、揉み合い、参加者はもはや誰に何をされたのかさえわからないような状況になる。ストームはこの意味おいて、「どさくさに紛れて」(加害者ツイートより引用)性暴力を振るおうとする人間の悪意に付け入る余地を与えてしまうことになる。

    だが、ストームはそのような悪意に対してたんに無防備であるだけではなく、ストームそれ自体が性暴力と親和的な一面を持っているということもまた、見逃されてはならない。すでに繰り返し述べているように、もともと吉田寮・熊野寮は男性が多数を占める空間であるが、肉体的な衝突が大々的に展開されるストームは特に吉田寮・熊野寮の男性的なノリが強く発揮されるイベントだと言える。しかも、ストームが寮祭のただなかで行われるということもあいまって、高揚した非日常的な雰囲気が、男性的な性格の強い場のなかで醸成されることになる。そうした男性主体の非日常性は、「この場では羽目を外してもよいだろう」と考え、セクハラにおよぶ人間をも呼び込んでしまう危険性を持っている。「非日常的な祝祭においては性暴力が許されてよい」などという道理を私たちは断じて認めないが、そうした場において通常は許されない性暴力が許されるという思い違いを犯す人間はこれまでも少なからず存在してきた。

    実際、寮の歴史を振り返っても、ストームにおいてセクハラは幾度となく行われており、それに対する告発の声もまた繰り返し上げられてきた経緯がある。過去に大きく問題化され、その後の寮のあり方にも影響をおよぼしたものとしては、1972年、泥酔した吉田寮生がストームと称して看護学校の女子寮「瑞穂寮」に乱入した事件がある。京大や他大学の女子寮に対する同様のストームはそれ以前にもしばしば行われていたこともあり、この事件はストームそれ自体への批判のみならず、京大の学生寮の男性中心主義そのものを告発する大きな抗議の声を呼び起こすこととなった。この事件を受けて、それまで男子学生のみによって構成されていた吉田寮・熊野寮では、それまでの寮のあり方を問い直すべく、女子の入寮について議論することになる4

    以上は、過去の事件であるが、吉田寮・熊野寮が男性中心の空間であったこと、またそうした空間のなかで行われるストームがセクハラに結びつくことを顕著に示す事例である。男性主体の場所である寮やストームに対するこのような批判が現在の吉田寮・熊野寮のいわゆる「男女混住寮」というあり方の出発点のひとつであったことは忘却されてはならない。

    にもかかわらず、瑞穂寮の事件以降もストームにおけるセクハラはなくならず、しかも現在ではストームに対する批判的意識すらほとんど風化している状態である。ストームが寮祭を盛り上げ、あるいは諸個人の交流を促進するという性格を一面では持つとしても、今回のようなセクハラが起こった後でさえもストームの問題性を無視しつづけるということは、決して許されてはならない。こうしたストームの問題性が真摯に問われないかぎり、ストームにおいて今後もセクハラは起こることになるだろう。

    1恋愛スタンスや関係性の在り方として、ポリアモリー(複数愛/多数愛)と呼ばれるものがある。ポリアモリーは、交際相手を単数に絞らない在り方で、全てのパートナーの同意のもと成立している。現在の日本社会ではモノアモリー(単数愛)のスタンスが支配的なため、ポリアモリーはモノアモリーのマジョリティ感覚に基づく誤解や中傷を受けやすい。

    一方で、本文で例に挙げたような「女性」をモノとして消費していく「男性」は、その行動の背景に男性特権の発露および強化が存在している。それは、具体的には、複数のパートナーを持ちつつ、そのことについてパートナー全員に合意を取らない、等のかたちで表れる。こちらについては上述のポリアモリーとは正反対の思考様式に基づいており、明確に批判対象となる。

    2また、ここではポリアモリーを実践する者として「女性」を例に挙げたが、もちろん「女性」ではない人々の中にもポリアモリーを実践する者はいる。

    3当然、こうした同調圧力は「祭り」の場のみでなく日常生活の場でも生じている。個々の人間関係にヒビを入れるのではないかという恐れ(実際、コミュニティ内で異質な主張が「空気を読まない」として拒まれたり無視されることはまま見られるだろう)が、マジョリティの主張に対する批判を思いとどまらせる要因の一つとなっている。そうして場の主流的な在り方(無自覚な性暴力)による苦痛を耐え忍んだり、問題に感じても無関心な素振りをするような状況を生んでいる。

    4ただし、熊野寮が74年に女子の入寮を開始したのに対し、吉田寮で女子が入寮したのは、ようやく85年になってからであった。

  • 2016年3月6日に吉田寮自治会が出した抗議声明文

    情報公開連絡会制度の廃止に対する抗議声明

    京都大学における副学長情報公開連絡会(以下「連絡会」)は、学生など当事者(当該問題に関わると考える人々や団体)に対して、大学当局が大学のリアルタイムの情報を公開する場である。原則的に月に一度公開の場で開催され、評議会・部局長会議・研究科長部会・学生生活委員会などの議事内容等を、学生担当副学長が説明し、誰もが参加することができる。

    ところが川添副学長は 2016 年 2 月 18 日の連絡会で、「連絡会を廃止することが学生生活委員会で承認された」ことを報告した。吉田寮自治会は連絡会の廃止決定に対して強く抗議し、撤回を求める。

    大学関係者のうち学生など多くの人々は、大学運営に関する決定を行う諸会議への参加権利を奪われている。私たちは紛れも無く大学運営に関わる当事者であるにも関わらず、基本的な意思決定プロセスから除外され、自らに関係する物事が自らの意志とは関係なく決定されたり、そのことで自らの権利を抑圧されたり不利益を被っている。この状況を少しでも改善するためには、学内で現在取り扱われている問題に関する情報が、遺漏なく私たちに公開されることが必要不可欠であり、連絡会はそのための情報公開の場である。

    したがって、連絡会の存亡は学生など当事者に重大に関係する事柄であり、大学当局内の会議によって勝手に廃止が決定されてよい問題ではない。

    連絡会は上記のような状況を鑑みて、大学当局と学生など当事者との話し合いの末に両者の間で交わされた約束に基づく情報公開制度である。当事者に対して学内の情報を公開し、要望に応じて話し合いを行うことは、歴代の総長・副学長が明確に約束してきた。 1998 年に副学長制の導入が強行されるにあたり、宮崎昭学生部長が署名した確約書において「学生などに関わることについては、いかなる事も可能な限り早く学生など当事者に周知し、当事者との合意なしには決定を下さない」ことや「情報公開の場として、副学長が参加する連絡会を公開の場で開く」ことが明記され、以降 17 年に渡り同内容の確約が歴代の副学長と確認され、現在にまで引き継がれている。なお、これらは、 2003 年の総長団交をはじめ全学的な話し合いの場で確認された事項であり、吉田寮自治会のみならず全学の学生など当事者に対し約束されている。

    川添副学長及び学生生活委員会による連絡会廃止の決定は、こうした約束を一切の話し合いも行わないまま反故にし、大学当局と学生などが交わしてきた 17 年間の議論の積み重ねと合意形成をまるで意に介すことなく、踏みにじるものである。到底容認することはできない。

    川添副学長は 2 月 18 日に行われた連絡会で、連絡会に代わる「より効率的な情報公開の手法」として、広報誌の発刊や HP・Twitter の活用、メールフォームによる質疑応答を挙げた。しかしその場でメールフォームによるやり取りでは大学当局が回答しない危険性があることを危惧する声に対して、川添副学長は「回答できない旨を回答する」等という露骨な官僚答弁を行っていることからも、このような代替案の提示が責任ある学生対応を放棄するためのアリバイに過ぎないことは明らかである。これらは、本来連絡会を補完する形で行われる情報発信であって、その実施を理由に連絡会を廃止してはならない。川添副学長は、大学当局の学生対応の責任主体として学生など当事者と直接やり取りを行うという 17 年間継続されてきた職務を放棄してはならない。

    以上の点から吉田寮自治会は情報公開連絡会制度の一方的な廃止決定に強く抗議するとともに、以下のとおり要求する。

    1、学生生活委員会その他大学の諸会議における連絡会廃止の決定を撤回した上で、改めて本件に関する学生など当事者との団体交渉を開催し、話し合いを行うこと。

    2、3月 17 日に予定される連絡会を以て、情報公開連絡会制度を打ち切らないこと。

    2016 年 3 月 6 日

    吉田寮自治会